ILLUSTRATION[さくひん]

【うさえ/USAE】20年前に描いた作品(アメコミ風味)が出てきた…(ぎゃー)

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【うさえ/USAE】コウサギャル。とても正義感が強く、暴走してしまうことも。よく「怒ってる…?」と聞かれるけど、生まれつきこういう顔やっちゅーねん。

20年前、、いやー感慨深い。なつかしい

イラストレーションっていうか、アメコミっぽくしたかったんだな。うさえはコギャルの設定だけれど、これは少しおねえさんになって、OL。頭がでかいなあー

これに触発されて、20年前に描いていたうさえシリーズを描いてみたらすごく楽しくて! うさえはあの頃と少しも変わってなくて、元気で凶暴で、そして放置に少し拗ねていた。

ヘタクソとヘタウマはちゃうで、と持ち込みをしてもため息をつかれるくらい、こんなんでよくプロって名乗れるなあ?って言われるくらい、どうしようもなくヘタだった自分が、もがいてもがいて、20年経って。

どうだろう、少しは画力アップしただろうか。数を描いてきた分、ほんの少しはうまくはなった。と思う。自分では。引き出しも増えたし、小手先のテクニックも覚えた。お題から頭の中のイメージを絵にして、ちょっとひねったり皮肉やユーモアを付け加えたりできるようになった。

けれども。下手でもあの頃の線の方が感情あらわになんだかイキイキしているように感じるのはなぜだろう。何かを手に入れて何かを失った。そんな気がした。その他に20年前に描いていた壁画とか個展の時の写真とかが出てきたので、またアップしたいと思う。

もっとうまくなりたい。けど『うまい』ってなんだろう?

永遠のテーマかな。ずっと何十年も考えてるけど、わからない。SNS界隈ではこれはうまい、これはへた!みたいなワードが飛び交っていると思うけれど、一概に言えないと思う。第一、ヘタだからダメなイラストレーションとは言えないっていうのが僕の持論だ。たとえば堅苦しすぎるから緩めたい、とかお悩み、愚痴を砕けて表現したい、とか単純にノリでいえーいみたいなふざけたようなお題にいちばんハマるし、カップヌードルのCMなんかめっちゃカッコイイ。

スーパーリアリズム系はもちろん、萌え系やコミック系の美少女をすらっと描くタッチと、デフォルメ、アート寄りのザ・イラストレーション(まさにイラストレーション誌のザ・チョイスのような)のタッチでは、『うまい』の定義も意味が違う。『うまい』を単純に突き詰めていって良いケースと、そうではないケースがあると言うことだ。歌で言うと透き通ったノビのある高音バリバリの歌唱力と、パンクやブルースのようなめっちゃくちゃ歌がうまいってわけじゃ無いけど心に響く歌声、みたいな。

むかし、イラストレーターさんのインタビューで良い線が描けるまで何枚も紙を無駄にしますっていう記事を見て、その方は色々試して割り箸を削った付けペンにたどりついたって仰っていたんだけれど、やっぱりプロってすごいなあ〜と思ったものだ。

長い時間をかけて少しずつ描き進めた絵が完成度が高いかっていうと決してそうでもなくて、時間が無くて半泣きでだーっと荒っぽく描いたものの方が線が活きてて、結果いい絵になったというのも、あるあるだ。

うまいって何だろう、とも思う。ヘタウマのすごくキケンなギリギリのアンバランスな良い線を描いていた人が、ヘンにうまくなりすぎてしまったせいで、良さが無くなって凡庸になってしまった、なんて話も聞く。幼児が何にもとらわれずに感性のまま生き生きした線で思いっ切り描いたイラストレーションに敵うものは無いともいう。丁寧な清書のペン入れよりも、リラックスしてあんまり何も考えずに引いたラフの線の方が生き生きしている場合もある。

けれどいくら線が良くたって、仮に世界レベルで素晴らしいイラストレーションだったとしても、広告やクライアントワークでそれは使えないっていうこともある。イラストレーション広告は商品やクライアントの宣伝効果が第一の目的であって、大前提として指示に従って描く必要があるからだ。その枠の中で、ちょっと遊んでみたり、自己表現をしたり、できることはやってみる。社内デザイナーが広告営業さんに「仕事なんだよ。アートがやりたきゃ個展でやれよ」なんて言われるやつ。

広告プレゼンで俳優さんか、イラストレーションかどっちを使う?ってなって、仮に俳優さんになったとして、その人がディレクションの指示を超えちゃって、めちゃくちゃ迫真に迫った素晴らしい演技をしても、トータルとしてその広告デザインコンセプトにそぐわなければ、プロとして失格だ。

文章が主役の挿絵もそうだ。装丁も。主役は別にあって。それを引き立てる、説明するためのイラストレーションだ。だから、コンテストや個展はその限りでは無い。画家と商業イラストレーターの違いだ。とはいえこれからはアーティスト寄りの画家のようなイラストレーターもたくさん出てくるようになると思う。広告・出版以外のイラストレーション主体の需要が増えてきて、ビジネスモデルが変化しているからだ。紙媒体が減り、デジタルで制作し、消費者もデジタルで閲覧するケースが主流になるだろう。液晶がもっと高画質、軽量で安価になれば、紙の代わりにペラペラの液晶に表示させてくるっと丸めたり折り畳んでしまえる。紙は大好きだから、ジャンルとして残って欲しいけどね。

なんか脱線しちゃったな。そんなことが言いたかったんとちゃうねん。

うまいって言われるより味があるって言われたい

いかに良い線が描けるか。線って言ってるけれど、これは主線の無いタッチの人だって同様だ。点描の人だって。バランスと需要と、時代性やタイミング。うまけりゃいいってもんでもないし、デッサンが狂っててもなにか訴える物があればそれでいいと思うし、必要に応じてわざとパースやデッサンを狂わせて、違和感で引きつけるという高等テクニックもある。それを一瞬でやってのけちゃうのが、センスなんだよなあ…。

とにかく、常に胸に抱いておきたいこころがまえとして、若い頃は自己表現として、うおー観てくれーオレの内面のドロドロを観てくれーって描いていたけれど、根本はそれでいいのかもしれない。観た人が何か感情を揺り動かすものがあるかどうか。

イラストレーターになって(名刺を作ってある日勝手に名乗って)22年。あと20年したらまた考えは変わってるかな。今はひとりで試行錯誤しているけれど、そのときそんなことを話し合える仲間がいたらいいなと思う。

まあまあ、とにかく、うさえも20周年ということで、 これからこのシリーズも描き進めていこうと思っている。サムネイルはいっぱいできている。とりあえずはビリケンさんとコラボしたい。ん?

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2022-03-30 | Posted in ILLUSTRATION[さくひん]No Comments » 
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