時事☆放談

時事☆放談『東西分断!カール地方とカールなし地方』

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〜夕暮れ僕の街には チョコレイト工場のにおいがする

 いつかおいで あの河原に自転車でつれて行くよ〜

 

ミュージシャン槇原敬之の「No.1」という曲に出てくる歌詞の一節。

あの辺一帯に広がるチョコレート工場のにおいは、学生の頃を思い出させる。

 

ふんわり甘くて暖かい、チョコレートのにおいに

触れたことのある人はきっと、国道と川沿いにある工場を

思い出すだろう。

 

僕の地元にはmeijiこと明治製菓の大きな工場がある。

数年前には外壁を巨大な板チョコ風に改装して話題になった。

その名もビッグミルチという。ビッグミルクチョコレートの略。

ギネス世界記録に認定されている(何の?)何とも美味しそうな壁だ。

 

槇原敬之は僕たちと同じ市の出身だ。みんな言わないけれど

だいたいあそこが実家だと知っている。

ちなみに従兄弟のROLLY(元すかんちのローリー寺西)の

実家も隣の中学校の距離、すぐ近くにあって、

関ジャニの村上くんや渋谷くん、ロンブーの亮、

元DonDokoDonの平畠、スケートの織田信成くんの

実家もこのあたりだ。

何の変哲も無い、フツーののどかな住宅街なんだけれど。

 

他にも同市内ということなら京本政樹、ウルフルケイスケ、

シャンプーハットのこいちゃん、黒木華、スーパーマラドーナ田中、

(なぜ黒木華を間に挟んだ)

小中学校時代に一時住んでいた人では

つるの剛士、オリラジのあっちゃん、桐谷美玲などがいらっしゃる。

けっこうすごくないか。

 

売れるか売れないかくらいの頃の方が地元では

うわさになったりするものだけれど、

すっかり売れて全国区で活躍するようになったら、

もう大丈夫と思うのか、そういうプライベートが

話題に上ることはそんなに無い。

でも地元の星としていつも心の中で応援している。

 

1999年、槇原敬之が覚せい剤所持で逮捕されたとき、

全国のCDショップから商品が回収になったが、

地元にある複数のCDショップでは

「作品に罪は無い、応援しています!」と

POPを付けて販売を続けた。

当時、テレビや週刊誌では罪とは関係ない彼の

プライベートなことまでが連日報道されていた。

 

恋愛の歌詞が多い彼の楽曲が、悪意的に抜き出されて

紹介されたりしていた。

 

地元を歩いていてテレビカメラの取材を受けたことがある。

何かおかしな行動や、うわさでも良いから知らないか、との

ことだったが、何も知りません、と言って去った。

振り返ると小学生にまで話を聞いていた。

知り合いの話では、

「とても気さくで、サインや握手に応じた」など、

良いイメージの話がたくさん出たけれど、そういうのは

みんなカットになったそうだ。

 

その後執行猶予付きの判決が出たとはいえ、

覚せい剤だけで無くMDMA所持も発覚するなど

犯した罪は重く、決して許されることではない。

運良く復帰して成功したけれど、もしあのまま音楽の世界から

消えていたとしても不思議は無かっただろう。

復帰後、数年間はひっそりと活動していたが、

SMAPに提供した、世界に一つだけの花の大ヒットで復活、

その地位を不動のものにした。

 

包み込むようなやさしさあふれる彼の歌は好きで、

高校生の頃から聴いていた。

人気絶頂、薬物、ハイ終わり、ではあまりにも悲しすぎた。

その弱さも含め、なんだか応援したかった。

 

今でもはっきりと覚えている。

活動休止になって地元に帰ってきたときだと思うけれど、

旅行鞄をいくつも抱えてうつむき改札を出てきたのを見かけたことがある。

ミリタリージャケット姿だったからか、

よけいに打ちのめされているように見えた。

ほとんどの人は気がついていないようだったけれど、

気がついた人はそっと、頑張って、と声を掛けていた。

 

話が逸れてしまった。

槇原敬之は隣町の高校まで自転車で通学していて、

明治製菓工場の側を通っていたそうだ。

この歌詞を知っている人に、あの河原ってどんなところ?

と聞かれたことが何回かあるけれど、何の変哲も無い

いたって普通の河原だ。

 

二十代の頃、明治製菓の真隣の工場で夜勤の

アルバイトをしていて、

夜中こっそり屋上へ登って煙草を吸っているとき、

強烈な暖かいチョコレートというか、あれはもはやカカオの

塊を噴射しているようなものだと思うけれど、

隣の工場からやってくる巨大なにおいに思いっ切り包まれて、

「うわ〜……。帰りにチョコ買って帰ろ」とよく思ったものだ。

あの夜勤のアルバイトを思い出すと、屋上から見た星や、

濃厚すぎるチョコレートのにおいも一緒に思い出す。

 

地元の小学生なら必ず、社会見学でこの工場を訪れる。

チョコレートを溶かして板チョコに成型し、銀紙で包んで

パッケージする過程を一通り見学する。

たしかきのこの山もあったはずだ。

子どもにどって最も嬉しいのが、帰りに記念として

ひとりずつmeijiの板チョコがもらえること。

見学して散々材料や工程の説明があって、最後に

そのお菓子がもらえるなんて。最高の前フリじゃないか。

 

それともうひとつもらえるのが、カールのうすあじ。

(…やっとカールきた〜!!)

チョコレートとは違うフロアであの独特な形状の

カールが大量に転がり流れてきて、袋詰め

されていく。

 

それにつけてもおやつはカール、という

フレーズが有名だけれど、小学生にとって

小遣いで買えるお菓子はうまい棒やキャベツ太郎みたいな

10円、20円の小袋で、当時100円した大袋のカールを

ひとりで丸ごと食べられる機会など、そうはない。

 

その日の放課後は、公園で遊んでいる子どもがみんな

黄色いカールの袋を抱えていたという笑。

 

さすがに出来立てのものではなかったと思うけれど

心なしかその日のカールはサクッと歯ごたえが

良くて、いつもより歯にくっつかなかったような気がする。

(褒めながらディスる)

 

僕たちが社会見学に行ったのは1980年代。

カールは1990年にピークの190億円を売り上げていたが、

2015年には3分の1の60億円まで落ち込んでいたそうだ。

そして2017年、8月で関西より東での販売終了が決まった。

 

もっとも全国ニュースでは、

「カール販売終了! 関西では継続も」

だったが、正しくは製造を四国工場に集約し、

関西より西の地域では「うすあじ」と「チーズあじ」の

ラインナップのみ、今まで通り製造販売される。

 

好きだった「カレー味」は無くなってしまう。残念だ。

 

カールといえばそりゃあもう、歯にくっつくのが特長だった。

全体の半分くらいは歯にくっついてるんじゃ

なかろうかというくらい。

 

それでなくても近ごろスナック菓子の売り上げは

落ちてきていて、

手が汚れるものも敬遠される傾向にあるようだ。

できるだけ手が汚れない工夫がされているとか。

カールは手も汚れるし、歯にくっつく。

でもいいじゃないか、それでも。

 

最近の菓子や飲料の傾向として

毎年パッケージを変え、CMを変え、

バリエーションを増やさないと

消費者に飽きられる傾向があって、

売場のパッケージはめまぐるしく

これでもか、こんなのはどうだ、と変化する。

 

でも昔からあるロングセラー商品は変わらずに

ずっとそのまま有り続けてもらいたい、というのは

わがままだろうか。

昔から流れる、変わらないCMはなんだかホッとする。

特にカールはマッキーと同じく地元の星。

チョコレート工場の違うフロアで作られていたのだ。

思い入れがある。

 

これからは関西より西の地域でしか食べられなくなった

カール。

それにつけても、カールおじさんは何を思うのだろうか。

 

今日の時事☆放談。

 

日本は東西に分断されてしまった。

カール地方と、カールなし地方に…。

カールおじさん隠居! 東日本の子どもたちにカールを!

 

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2017-06-30 | Posted in 時事☆放談No Comments » 
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