時事☆放談

時事☆放談『サラ川〜バブルとゆとりのはざま』

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今日の時事☆放談。

サラ川こと、第30回サラリーマン川柳の大賞が決定した。

 

今年の第一位作品は、

「ゆとりでしょ? そう言うあなたは バブルでしょ?」

 

いつも「ゆとりだから」とひとくくりに判断されてしまう

ゆとり世代から、「…じゃあ言わせてもらいますけど」と

痛快にお返しした作品だ。

 

返す刀にユーモアで一本取るというのはなかなかのセンスだし

心に余裕を持って、いつもポケットにユーモアを忘れないように

したいものだと思っているけれど、

同時に世代間ギャップというものは永遠に相容れないんだろうな、

とも感じた。

 

バブル世代の人だってかつては新人類って呼ばれていたわけで、

ゆとり世代の人だっていずれは50代になってそのころには

若い世代との世代ギャップに苦しみ、どうコミュニケーションを

取れば良いのか、悩むのだ。

 

バブルは僕が小学生のころだったので、全く実感が無い。

バブルの頃はなにもかもすごかった、

スケールが違ったなんていう話をよく聞く。

小さな案件でも目が飛び出るような予算が付いたとか、

写真1枚撮るために海外ロケを組んだとか、

金曜の晩の街は人でごった返していてタクシーが何時間も

つかまらなくて、札束を振り回して停めていたというような

景気の良い話を酒の肴に聞くくらいだ。

 

何度もバブルの頃の話を聞くのが嫌だという人もいるけれど、

景気の悪い話より良い話の方が好きだし、酒も美味しい。

それに日本中みんなが浮かれていたあの頃の話をするときの先輩たちは

みんな目が輝いて悪戯っぽい表情を浮かべ、なんだか楽しそうだ。

そんな話を聞くのが、好きだ。

 

一方、いわゆるゆとり世代の人たちとプライベートのお付き合いはほぼ無い。

いままで仕事で付き合った人の中で、う〜んなるほど、これがあのゆとりってやつか…

と嫌でも思わざるを得なかった、強烈な人は何人かいた。

でもでも。あれはゆとりなのか? それとも単に大物というか、キャラが強烈すぎただけなのか?

わからない。カンタンに世代でまとめてしまうには気の毒な気もする。

 

バブル世代とゆとり世代のはざまである、我々1975年生まれにはあまり特徴が無い。

IT起業家がたくさん出たことで知られるナナロク世代は1976年生まれだし、

その下はハチロク世代もいる。松坂世代は5学年下だ。

僕らの小・中学校時代は45人学級が13組まであって、全員の顔と名前が覚えられないくらい

めちゃくちゃ人数が多かったが(小6のときの全校生徒数は1,545人だった)、

そのピークはさらに人口が多かった、ジュニア団塊世代と呼ばれる僕たちの2学年先輩だ。

女子高生がルーズソックスをはき出したのは僕たちの2、3学年下だし、

あえて言えば、人口のピークで、大学受験者数が最も多く、就職氷河期の

はじまりだったということだろうか。

ロスジェネ世代なんて言われている。あまり好きな言葉じゃない。

だって辛いこと、嬉しいこと、色んなことがあって、悩んだり笑ったりして

駆け抜けた僕らの青春時代が「失われた時代」だなんて。さみしすぎる。

 

芸能人やスポーツ選手などであ、あの人同い年なんだ、と分かると親近感が湧く。

同学年が賞や記録をとればやっぱり嬉しいし、離婚や引退のニュースは哀しい。

同じ頃に生まれ、同じ時代を生きた同士として、人生の後半戦も一緒に愉快に生きたいと思う。

 

 

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2017-05-28 | Posted in 時事☆放談No Comments » 
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