2018-03

時事☆放談『野菜高騰!花より団子、肉より野菜』

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昨年に続き今年も野菜の高騰が続いている。

日照不足や長雨、寒波の影響だそうだ。

 

特に葉物野菜の値段はちょっと考えられないくらい高い。

普段の4、5倍は平気でする。

なんなら肉の方が安いくらいだ。

 

秋ごろからどんどん野菜の値段が高くなっていって、

ニュースでは年が明けたら落ちつくかもということだったので

まあしばらくの辛抱だな〜と思っていたら、もう3月。

一時に比べると少し価格が戻ってきているような気もするが、

まだまだ気軽に買える値段ではなく、半年近くも高騰が続いている。

 

スーパーの野菜売場でも、ほとんど手に取っているひとは見かけない。

だってキャベツが500円! うそでしょ?

この冬、結局野菜の入った鍋は、1回しかしなかった。

だって店で食べるよりよっぽど高く付くから。

 

みんなどうしているんだろう。

 

飲食店も、食品業も、それから生産者の方だって死活問題だ。

早くいつもの値段に戻ってくれるように願う。

我々だって、高いからといって栄養的に野菜を摂らないわけにはいかないので

この数ヶ月、野菜不足を補う色んな方法を試してみた。

 

【青汁】

まず試したのは青汁。前からたま〜に飲んでいたけど、毎日1包飲むことにした。

山本漢方製薬の大麦若葉粉末、50袋くらい入って1000円くらいのものだ。

最初に「まずい!もう1杯!」のCMで流行したときは本当に青臭くてマズくて、

良薬口に苦し、みたいなマズいんだから効くでしょ的な感じがあったんだけれども

最近の青汁は全然青臭くない。牛乳や豆乳で割ったり、リンゴ酢や野菜ジュースで

割るのも良いけど、単純に水に溶かして飲んでもそこまでキツくはない。

ただ、プロテインやDHCダイエットとかで必要な、粉を溶かすPETのシェイカーで

よ〜く混ぜた方が、飲みやすい(粉がダマになってるとのど当たりが悪いから)。

 

【乾燥野菜】

毎日青汁を飲んでいたら栄養的にはまあ事足りると思うけれど、

煮物、汁物に野菜を入れたいけどないよなって時に手軽な乾燥野菜。

はじめはスーパーの乾物コーナーにある味噌汁用の乾燥野菜が安いし

多用していたのだけれど、そばやラーメン、スープに入れるときには

わかめや麩、薄揚げが要らない。そこで業務用の乾燥ミックス野菜で

それらが入っていないもの、また乾燥キャベツや乾燥白菜、乾燥ねぎ、

などを試した。煮物に足しても良いし、炒め物にも使えてたいへん便利で

場所も取らないし、保存期間も年単位と長い。

特に良かったのが乾燥にんにくで、使う前に水で戻せば実際の切り立てとほぼ遜色なく、

現在うちの保管庫には業務用の大袋に入った乾燥にんにくが1年分くらいある(どんだけ〜)。

問題点は、味噌汁用ならインスタント的に後入れでさっと柔らかくなってくれるが、

業務用はさすがにものすごくしっかり乾燥されていて少し湯につけた程度では

固くて食べられないこと。しっかりと数分湯につけるか煮る必要がある。

水に浸けてレンジで3分、2分放置といったところだろうか。

乾麺のパスタほどではないが、乾麺そばやうどんなど、5分程度の煮込みが必要だと

思ってもらえれば分かりやすい。

 

【冷凍野菜】

スープや煮物など汁物であれば乾燥野菜で十分だが、乾燥野菜のきざみの大きさは

ものすごく小さい細切れだ。

パスタとあえる、肉と煮込む、ゴロゴロシチューやスープ、野菜グリルなど

メニューによってはやはりしっかり形を残してその食感を楽しみたい。

そこで業務用の冷凍野菜を試してみた。

業務スーパーだと安い代わりに中国産やベトナム産が多いが、

ニチレイやマルハニチロはやっぱりすごい。国産がほとんどだ。

まあ、冷凍餃子事件の時は命に関わるとびびったが、今はそこまで気にしていないけれど。

冷凍キャベツ、冷凍白菜、冷凍ほうれん草、冷凍ミックスベジタブル、

冷凍ねぎ、冷凍南欧野菜カットなんてのも試してみた。

冷凍なので解凍してスピナーで水気を切ればほぼ洗い立ての野菜と変わらない。

めんどくさかったら温料理ならそのままぶっ込んでもかまわわない。

ねぎなどは青臭い匂いがけっこうキツいので、添え物の時は水にさらすか

湯通しした方が良いかもしれない。

問題は、冷凍しても小さくなるわけじゃないので、かさが張ることだろうか。

今うちには冷凍ねぎ、ほうれん草、ミックスベジタブルそれぞれ1kgの大袋があり

とてもじゃないが冷凍庫に入らないので悩みに悩んだ結果、ついに追加で60Lの冷凍庫を買った。

(めっちゃ便利、もっと早く買っとけば良かった)

 

【カット野菜】

野菜高騰でカット野菜がめちゃくちゃ売れているらしい。100円でそこそこの量が

入っているのでとても助かる。ただ、原料の野菜価格だって高騰しているわけで、

カットしてパッキングする費用と合わせると作れば作るほど赤字だそうだ。

需要があることは分かっているので、何とか生産を続けたいと、ニュースで

メーカーさんが話していた。すまない…。そして、ありがとう。めちゃ助かります。

キャベツ、白菜のカット野菜を買ってきて、そのまま冷凍庫で冷凍。袋から

少しずつ使う。安いし、コンビニでも買えるのでお手軽。ただ量がちょっとなので

その場しのぎにしかならないのと、葉物のカット野菜はキャベツと白菜くらいしかない。

そこで考えたのが、たとえばキャベツ、カット野菜は1玉の1/8くらいの量で100円だ。

だったら半玉300円くらいで買って、自分でカットして冷凍した方が安上がりかも、と。

白菜は全然うまくいった。一番安い1/8で100円のものでも、カットしたら冷凍袋2枚分

くらいの量がある。カット野菜の量は思っていたより少なかったんだなあ。

白菜は良かったんだけれど、キャベツは1日すると茶色く冷凍焼けしてしまった。

出荷用の冷凍野菜は急速冷凍するので冷凍焼けしないらしい。

カット野菜を冷凍したものも、必要な分だけ使ってクリップで留めていても冷凍焼けしない。

袋詰めをしっかりしているので空気にあまり触れず、大丈夫なのだと思われる。

カット野菜の冷凍焼けを避けるには、洗って泥を落としカットしたあと軽く湯通しをして

ペーパーやスピナーで水気を飛ばしてから冷凍すると大丈夫だった。

キャベツ、ほうれん草、小松菜、青梗菜もばっちり冷凍することができた。

おそらくもう少しして春物野菜が出荷されるころにしだいに落ちついてくると思われるが、

また今年の気候次第で来年高騰するかもしれない。そのときは今回のスキル、

青汁、乾燥、冷凍で乗り切りたい!

 

今日の時事☆放談。

いつもだったら「ちょっとお肉ばっかり取らないでよ」とお肉の取り合いになるお鍋。

でも半年近く鍋の具の野菜を食べていない身体はとにかく野菜を欲している。

野菜よりも肉の方が安かったので肉鍋にしたら、家族から大ブーイング。

花より団子ならぬ肉より野菜。それにしても今年の桜は早いね!

 

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2018-03-29 | Posted in 時事☆放談No Comments » 

 

2018年賀状『柴犬と暮らしたい。』

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僕が小学校2年のころ、こげ茶で口周りが黒いオスの雑種犬がやって来て、そして家族になった。

生まれてすぐの子犬を遠い知り合いからもらったらしく、幼い僕の手に乗るくらい小さかった。

段ボール箱の中でタオルにくるまれ、夜通し母親を恋しがってクウ〜ン、クウ〜ンと、鳴いていた。

 

弱さ(かわいげとも言う)を見せていたのもつかの間、

半年もすると彼はすっかり大きくなってオオカミか秋田犬か紀州犬の血が混じっているのではと

言うくらい立派な体格になってやんちゃで気性が荒く、ワガママで気難しい、ちょっと天然の入った

お犬様にお成りになり、最後に来たくせに父に次ぐ家族のナンバー2として(彼はそう思っていた)

我が家に君臨した。

もっとも、これは飼い主としてしかるべき時期にしつけに失敗したということで、

今でもすまなかったな、と思う。

 

出勤前の毎朝6時、雨の日も雪の日も必ず散歩に連れて行ってくれる父に対しては

絶対服従のこころがまえであり、散歩と同じくらい興奮する、大好きな食事をくれる母には

甘えたり時に威嚇したりして(笑)コミュニケーションをはかっていたが、

まだ小さかった弟に対しては面倒見の良いそぶりも見せていたものの

中学生の姉、小学生の僕に対しては完全にツレか部下か家来のような

よく言えばフレンドリー、悪く言えば舐めた態度であった。

 

暗くなって父が仕事から帰ってくると

「わ〜おとうさん!おかえりなさい!!」

と全身で激しく飛び跳ね、喜びを表現するのだが、ちょっと天然というか抜けているというか、

たまに間違えて激しくうなったり吠えてしまい父に

「こらっお父さんやないかっ」

と叱られると

「…!!(あっしまったっおとうさんだっ!)」

という表情をした後に

「…くう〜ん、くう〜ん(やだな〜ちょっとふざけたんだよう〜)」

と尻尾を振って甘えてみせる姿に家族で大笑いしたものだった。

彼はキョトンとして、でもみんなが笑っているので、満足そうな笑顔でピョンと跳ね、

ぶんぶんと尻尾をふるわせていた。

 

年に一度、保健所の車が来て、近所の公園で予防接種の注射が行われる。

一番近い小さな公園では無く、10分ほど歩いたその辺りで一番大きな公園だ。

姉と一緒に連れて行ったのだけど、最初はごきげんで散歩と疑わなかった彼も

「…やけに犬が多いな」

「…!!!アッ!!!」

「あれだっ!痛いやつだっ!」

と気がつき、騙したな〜とばかりに機嫌が悪くなり体をこわばらせると

僕ら姉弟をにらみつけ、低いうなり声をあげる。

 

「ハイ、この台に乗せて、飼い主さんがしっかり押さえてね」

注射を打つ先生はあぶないからか、決して手を貸してはくれない。

私の仕事はこれですとばかりに次々淡々と、注射をこなしていくだけだ。

興奮する犬たちも公園に漂う異様な雰囲気におびえているだけで、

手慣れた先生がサッと注射をしてしまうと

「キャン!」

と声を上げる犬もいるが、たいていはあまりの素早さに

「ん?ナニナニ、何かした?」

という感じであっけなく終了してゆく。

 

しかしうちの彼は極度の怖がりな上に気性が荒かった。

それに僕ら姉弟をツレか、家来だと思っている。

先生が注射を打つと「アッ!何すんねん!」とパニックになって暴れ、

押さえる姉の両腕にかみついた。先生はサッと身をかわす。

姉は何度も噛まれながらも僕を突き飛ばし、彼を抱え込むようにしてかばってくれた。

今でもあのときの姉は自分も痛くて怖かっただろうに、

落ちついて毅然としていてカッコ良かったなあと思う。

 

飼い主の責任、とは言われなかったけどその場にいた大人たちに

だいじょうぶやね、連れて帰れるねと言われて止血や消毒など、

特に何のフォローも無くハイ次、と帰されたのはそういう時代だったからだろうか。

帰り道、両腕から血を流しながら、だいじょうぶやからね、なんともないからねと

僕に言いながらまだ興奮している彼をしっかり引いて歩く姉、

おねいちゃ〜んとワンワン泣く僕。負けじと彼もワンワン鳴く。

 

たしかそんな感じで騒がしく家に帰って、飛んで来た両親に事情を話して

姉は病院に直行、予防接種だったこともあり検査も受けたんだったと思う。

そして彼はこっぴどく叱られたのだが、それはもうずいぶん時間が経った夕方頃で

「何をそんなに興奮してんの?まあ落ちつきなよ。そろそろご飯の時間だね!」

とケロッとした態度であった(そういうトコロやぞ!)。

 

目の前で姉ちゃんが噛まれた、それなのに自分は泣くだけで何にもできなかった、

という恐怖と後悔から大げさに記憶されているだけで、

今から思うと実際はそんなに血は出ていなかったのかもしれない。

けれど大好きな彼とのいろんな思い出とセットで、あの日のことは今でも明確に覚えている。

 

その他にもいろいろ思い出はあるが、一番仲が良かったのはやはりボスと仰ぐ父とで、

僕はたぶん弟のように思われていて、機嫌が良かったのに些細なことで突然

低いうなり声を上げる彼にどこかびびりながらも、小屋のある玄関ポーチに腰かけて

並んで時間を過ごしたり、縄跳びの練習をしたり、習っていた英語劇の練習をしたことは忘れない。

 

僕が中学2年、彼が7歳の時だった。

蚊が媒介する病気、フィラリア症が近所で流行し、次々と倒れる犬が出た。

季節はもう冬になった頃だったが、蚊の多い暖かな季節の方が危険度は高いが、

年中気をつけなければいけない病気だそうだ。

 

あれだけ元気でピンピンしていた彼が突然起き上がれなくなった頃にはもう手遅れだった。

発症から2週間も経っていなかったと思う。

起き上がれない自分に戸惑いながらも激しく暴れるのでなかなか病院に連れて行けず、

また当時は近所に動物病院が無かった。

 

このままではいけないと、ガバッと毛布で包むようにして無理矢理車に乗せて

病院につれて行った彼が先生の手にかみついたのは死ぬ2日前だった。

苦しくてヒューヒューと呼吸をし、フラフラだったくせに。嫌がって抵抗する彼に母は泣きながら、

注射しないと死んじゃう、お願いだから、と必死で繰り返したという。

 

なんとか薬を投与したが、すでにもう手遅れだったのだろう。

2日後の朝、玄関で毛布にくるまる彼。とても苦しそうで、見ていられない。

素人目にももう長くは持たないことは明かだったし、

医者には長く苦しむとかわいそうなのでと、安楽死を提案されていた。

そんなん絶対に、イヤや!と姉と僕。ガキだった僕にはそんなことできない、そんな判断はできない。

でも目の前で彼は苦しんでいる。

どうしたらいい。

何もできない。泣くだけだ。彼も苦しそうに鳴いている。

昔、姉を噛んだあのときと何も変わらず、僕はやっぱり無力だった。

 

会社に行く父が、「お父さんが帰るまで待っててや」と出かけた。

僕ら姉弟もそれぞれ高校、中学、小学校に出かけたが、授業中も休み時間も

あの気の強い彼が玄関にじっと横たわったまま、苦しそうな声で

「くう〜ん、くう〜ん」

と鳴いている姿が目に焼き付いて離れない。

家の中に入れてもらい、玄関で寝ているのはうちに初めて来たとき以来だな、などと考える。

あのころは段ボールから出ようとして出られないほど小さかった。

フィラリア症は蚊が媒介すると聞いて、家の中で飼ってやれば良かったと自分を責める母。

室内犬ならともかくあんなに大きいんだから、無理だったよ。

 

飛んで帰るように家に着くと、姉と弟も帰ってきた。

彼は朝よりも具合が悪そうで、苦しい呼吸だけでもうほとんど動かない。

母がお父さんが帰ってくるまでもたないかも、と仕事場の父に電話をする。

彼と一番仲の良かった父。散歩の途中、近所に借りている畑で父が作業をしている間、

彼はじっとそれを眺め待っていた。思えば、彼はいつでも父を待っていた。

 

父がそのとき母に何と答えたかは分からない。

そのころ父は今の僕と同じくらいの年齢で、役職に就きトイレに行く暇も無いほど

忙しかったそうだ。本当なら飛んで帰って看取りたかったと思う。

それでもいつもより早く、急いで帰ってきた父は、間に合わなかった。

彼もおとうさんにさよならしたかったと思う。

 

命が消えていくのが分かる。

ああ、ああ、と泣きながらみんなで必死で名前を呼び、身体をさする。

その中で母の顔を濡れた瞳で見つめながら、彼は逝った。

それからはあまり覚えていない。

父が帰ってきて母が二人だけにしてあげようと言い、彼にいろいろと語りかけていて、

それから週末、車でペット霊園に連れて行ったんだと思う。

ほんの2週間前までピンピンしていたのに。あっという間だった。

 

そのころはまだどちらの祖父母も健在で、それがはじめての身近な生き物の「死」だった。

しかも身体を触りながら、命が消えていくのを目の当たりにした。

ペットロスなんて言葉は知らなかったけど、家族がひとり死んでしまったわけで、

もう、つらくてつらくてその後のクリスマスも、正月も、全く記憶に無い。

ただ、家族皆で話したのは、思い出話をたまにしたりして彼のことをいつまでも覚えていようね、

それから、こんなにつらく悲しい思いはもう2度とイヤだから。

それに、彼も新しい犬が来たら悲しむかもしれないし。

もうペットは飼うのをやめよう、と決めたのだった。

 

ペットロスを解消する方法のひとつは新しいペットを迎えることだという。

あんなに一緒に暮らし、愛して、亡くなってすぐに新しいペットを飼うの?

とも思うが、そこはペットの生まれ変わりだとか、ずっと悲しむよりも早く立ち直って暮らした方が、

亡くなったペットも喜ぶ、など前向きな考え方をするのが良いそうである。

 

何十年も経った今なら、理解出来る。

ただそのころの僕たちは、なんだか彼に義理立てしたり、申し訳ないような気がして

それ以来、ペットを飼うことは無かった。だからペットに関して、あのときから時間が止まったままだ。

ペットは絶対に自分よりも先に死ぬ。

またそうでなければ他所に迷惑を掛けるし、行き場のないペットが処分されたり

なんてことにもなりかねない。

歳を取ってからペットを飼うときには、自分の年齢と見比べて自分の方が先に死んでしまうかも

しれないかもしれないからやめておこう、という判断が必要だ。

 

両親の年齢で新しいペットは飼えないし、体力的に元気いっぱいなペットの世話も難しいだろう。

僕ら姉弟がペットを飼えるのは、それでもあと15年、20年くらいだろうか。

 

時間が再び動き出したのかもしれない。あの頃の父の年齢になった僕は、犬が飼いたい。

室内で飼えてスキンシップの取れる猫も超LOVEで良いけど、よく漫画家さんやイラストレーターさんが

描きかけのイラストに「マンガみたいに足あとが〜」とか、

キーボードに乗っかって「保存しないままデータが消えちゃった」とかネタにしているのを見て、

いや、自分は笑えないな、と思うので、犬の方が現実的かもしれない。

(よく聞かれるけどヨシロウネコは実際にはいません)

 

うちのマンションはペットOKなんだけれど、小型の室内犬より飼うならやっぱり柴犬かな、と。

秋田犬もかわいいけど。

そうなると狭いマンションではかわいそうだしあくまで夢だけどいつか一軒家に、

それも縁側のあるような古民家を改装して住んで、犬を飼いたいなと思う。

帰ってきたらおかえり!って喜んでくれたり、散歩に出かけたり、晩酌に付き合ってもらったり。

最高やん。

YouTubeで柴犬さんの動画ばっかり見ている。柴犬と猫を両方飼ってる人もいて、なんともうらやましい。

 

正月に実家に帰ったとき、戌年ということで彼の話になり、久しぶりにひとしきり思い出話に花が咲いた。

目を細めた父が話す、彼のしでかしたいくつもの鉄板ネタは、何度聞いても面白い。

7年と普通の犬よりも早く逝ってしまい、思い出もそれだけ短い。

彼が亡くなってもう30年が過ぎようとしているけど、たまにこうやって思い出話をして、笑って。

もしそこに彼がいたらドッと笑い声が起きるとキョロキョロとみんなの顔を見回し、

満足げに尻尾を振って跳ねるだろう。

 

話の中身は分からないけれど、みんなが笑ってるから僕も嬉しい、と。

 

彼の名前はゴロ。

コロコロしてるから最初はコロだったけど、

大きくなってコロって感じでもないね、と、ゴロになった。

 

今年もよろしくお願いします。

 

 

 

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2018-03-26 | Posted in ILLUSTRATION[さくひん]No Comments » 

 

時事☆放談『やったー2連覇金メダル!とびつくプーさん!ありがとう羽生選手』

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今日の時事☆放談。

 

平昌オリンピック・フィギュアスケート、男子フリープログラムで羽生弓弦選手が

66年ぶり2大会連続金メダルを獲得した。

 

陰陽師の衣装をまとった羽生結弦選手が万感の表情で演技を終え、

会場から割れんばかりの声援と、無数のくまのプーさんのぬいぐるみが

次から次へリンクへ投げ込まれたシーンは、

 

まるでプーさん達がうれしさのあまり「わ〜」「ゆづ〜!」と羽生選手に

いっせいに飛びついているように見えた。

 

66年ぶりの偉業を成し遂げた男にしてはなんともメルヘンチックな光景だが、

これこそ羽生結弦選手だといえるだろう。

この時点でまだ点数は出ていない。しかし世界ランク1位にふさわしい、

ため息が出るような美しい所作と、気迫のこもった素晴らしい演技だった。

 

「くまのプーさん」はディズニー著作権の関係で報道ではNGらしく、

「あのくまさん」と呼称している。「どのくまさんやねん!」と

パディントンやテディベア、リラックマやくまモンが怒ってきそうな案件だが、

くま「さん」と言えば、ディズニーのプーさんが代表権を持っているだろう。

 

「漫画の主人公にしても出来すぎなぐらい」「こんなに幸せなことはないと思っている」

本人も後でコメントされていたけれど、本当に漫画か、小説かというくらい

乱高下激しい、オリンピック2連覇だった。

 

主人公がさまざまな試練や困難に立ち向かい、最後は夢を掴む。

クライマックスの少し手前には、もうダメだと思わせるほどの大ピンチ。

しかし持ち前の精神力と不屈の精神でそれを乗り越え、ついに大団円を迎える。

 

そんな筋書きがどこかにあったのかというくらい、平坦な道のりでは無かった。

昨年3月、世界選手権で223.20の世界最高得点を出し優勝した際も

ショートプログラムではジャンプミスやスタート遅れで5位発進という波乱の展開だった。

時事☆放談『羽生結弦選手VSじぶん』

 

平昌オリンピックまであと4か月を切った2017年11月、大阪で練習中に右足首の靱帯を損傷。

5連覇のかかったグランプリシリーズや年末の全日本選手権も欠場し、

オリンピック日本代表に選出されたものの、出場が危ぶまれた。

懸命にリハビリを続け、本番1か月前にやっとジャンプの練習を再開、

ほとんど練習ができていないままオリンピック開幕を迎え、

まさにぶっつけ本番でショートプログラムに出場する。

けっして万全ではないはずだが見事な演技で首位となり、ファンは胸をなで下ろした。

そして翌日のフリー。圧巻の素晴らしい演技で66年ぶり2大会連続金メダルを獲得した。

 

演技が終わった後、割れんばかりの歓声の中、リンクにひざまずき

負傷した右足首と氷にそっと触れ、感謝を伝えている姿が胸を打った。

 

オリンピック2連覇がかかる中、かなりの重圧だったことが想像できるが、

開幕直前に重度の負傷をしてしまい、練習もほとんどできていないまま現地入り。

日の丸を背負い、期待を一身に受け、世界が注目する中、想像を絶するプレッシャーだっただろう。

 

それでも「(金メダルを)誰が取ろうが、僕もとります」と記者に答えた羽生選手。

金メダル後の取材で、あれは一種のメンタルコントロールだったと話した。

近年スポーツとメンタルコントロールとの関係の重要性が重視され、

アスリートにはメンタルトレーナーが付いて、コーチングを受けていることが多い。

心技一体というが、身体的なトレーニングと、心理的なそれは同じくらい重要なのだ。

 

個人競技は自分との戦いと言われるほど、自分と向き合いモチベーションを維持して

実力を発揮することが必要になる。

 

不安や緊張に飲まれないように自分を律する。

得点を許した際、平常心で気持ちを切り替える。

落ち着き冷静に、なおかつ闘争心を絶やさない。

 

これらは心の中にある自身の問題だ。

 

「私は成功する。必ずできる」と自分に言い聞かせるアファメーションや

「私は成功した」「成功したシーンが浮かんでいる」と既に体験したように

自分を信じ切ることで実際に成功を引き寄せる心理学的な手法、メンタルコントロールがある。

 

国内でTリーグがいよいよ始まり、オリンピックと同時期に行われていた卓球・チームワールドカップでも

張本智和選手や石川佳純選手とみう・みま・ひなの若いトリオ選手の

活躍がめざましいが、卓球は心理戦が非常に重要なメンタルスポーツといわれている。

 

チームプレーであってもバスケットボールのフリースロー、

サッカーやラグビーののPK、野球のピッチャーもそうだが

個人プレーが試合を決める大事な局面があり、その瞬間選手は自分一人、孤独に戦わねばならない。

 

大事な局面で自分の持てる能力を発揮するために必要な精神力、

それを制御するのがメンタルコントロールだといえる。

SNSの発達で知らない人と意見を交わしたり仲良くなったりと便利になった面もあるが、

匿名の批判や中傷が簡単に発信され、スポーツ選手がそれを目にしてしまう機会が増えた。

政治家や芸能人であれば公人であったり有名税であるともいえるし

それによって注目を集めることができる利点もあるだろう。

 

しかし一生懸命に練習をし、自分と向き合い試合に臨むスポーツ選手に

気軽な気持ちで批判や中傷をするのは誰も幸せにならないことだ。

誰かが賞を獲ったり話題になると必ず私は嫌いだとか

アンチを気取る人が出てくるけれど、匿名の時点でカッコ悪い。

わざわざSNSでカーリング娘の選手達のことをうざいだとか、勘違いするなとか

書く人の神経が理解できないし、皆が賛辞する中毒を吐いちゃう私、

というやり方で承認や優位を保ちたいのが透けて見えてしまう。

わざわざ人を傷つけて試し行為。…反抗期か!

 

 

発信者が匿名なのが気味が悪く、いっそう悪意の度合いを増す。

見知らぬ誰かかもしれないし、隣のいつもにこやかなあの人かもしれないからだ。

これから我々はそういったものに心を乱されない精神力、メンタルコントロールが

さらに必要になるだろう。

 

羽生選手の23歳とは思えないしっかりとした受け答え、落ち着いた風格、

試合で見せる凜としたたたずまいに何か武士道のようなものを感じるのは

僕だけではないだろう。

 

帰国後、外国特派員協会での会見で試合前のルーティーンについての質問に

「ベッドのシーツや枕をきれいにして部屋を出る。荷物の整理もきれいにして

心残りがない状態にしてから試合に行く」と答えた羽生選手。

 

武士は礼儀作法を重んじ、身の回りをきれいに心がけたという。

9歳から人生の全てをスケートに捧げてきたと明言する羽生選手。

その中で身についたこころがまえ。まるで戦に出る武士やん! と思ったし、

身の回りがきれいな人は心の整理ができている人。

メンタルコントロールが行き届いている証拠でもあるだろう。

 

銀メダルの宇野昌磨選手も素晴らしい演技を見せてくれた。

「オリンピックだといって特別なことはなかった。いつもの大会と同じように

平常心を保って滑ることができた」という発言があったが、これは

彼なりのメンタルコントロールのひとつで、額面通りに受け取ってはいけないと思う。

これから宇野選手にはいやというほど銀メダリストとしての期待や重圧がのしかかる。

彼の飄々とした受け答えを面白がるマスコミはその路線を求めるだろう。

その負担を軽減するためにも有効な方法だと思う。

 

オリンピック精神という言葉があるが、今回のオリンピックで一番心に残ったシーンは

やっぱりスピード女子500メートルで金メダルを獲得した小平奈緒選手が泣きじゃくる

銀メダルの李相花(イ・サンファ)選手を抱きかかえ、互いにねぎらいの言葉をかけあった場面だ。

胸が熱くなり、感動した。

 

試合数日前に李選手が、「小平選手と比較するのは止めてくれ」と話したという報道があったので、

長年のライバルキム・ヨナ選手と浅田真央選手のようにお互い意識していて試合前に

心を乱されたくないのだろうなと思っていた。

 

近年、虚偽と言える文章を添えた慰安婦像をソウルの日本大使館前に設置し、

世界中へも次々と乱立していることや、

国際合意したはずの2015年12月の日韓合意の撤回・追加要求に対して

2018年1月の世論調査で8割強の日本国民が「理解、納得できない」と回答した。

日韓関係は非常に冷え込んでおり、親北派の文在寅大統領が就任し、

北朝鮮と韓国の南北合同チームが結成されるなど、五輪の政治利用が問題視される中、

韓国チームもメディアも観客も、日本に対してあからさまに特別な感情をぶつけてくる。

それと同じような発言だと思っていた。

 

それが、小平選手がゴールし、五輪最高記録を出して日本応援団が大歓声に包まれる中、

次走の李選手が準備しているときに、小平選手が観客席に向かってくちびるに指を当て

静かにするように求める仕草を見せた。このときはあれっと思っただけだったが、

小平選手の金メダル獲得後、ふたりが抱き合い、その後日の丸と韓国旗を背に纏い

一緒に併走し観客に応える様子は、金メダル選手と銀メダル選手、日本選手と韓国選手の枠を超え、

日韓トップ選手の熱い友情と敬意をみせてくれた。

 

そのあと控え室でのふたりのInstagramでの配信「ナオはプルコギが好きじゃん!」や

メダリスト会見の席上で10年来の親友でいろいろな微笑ましいエピソードが次々に出てくるにつれ、

ああ、スポーツって素晴らしいなあという気持ちになっていった。

 

そもそも世界中が注目する中、人生で何度もないくらいの大舞台の場で、

普通の人ならただそこに立っているだけで舞い上がってしまうのに、

本番で落ち着いて実力を発揮しただけでなく周りの様子や人に気遣いが

できるだけの余裕があるって、なんと素晴らしいことだろう。

金メダルが決定する前にすでに号泣していた羽生選手も、

涙のきっかけは同じコーチの元で6年間、共に練習をしてきた

親友でありライバルのハビエル・フェルナンデス選手のメダルが確定したことだった。

フェルナンデス選手は五輪前から今季限りでの引退を表明。

このふたりの強い絆も、私たちの胸を熱くしてくれた。

 

ちなみに李選手は悔しくて泣いたのではない。自身も連覇がかかっており、

故障で引退も考えた中での出場だった。以前小平選手が負けて泣いているときに、

李選手が寄り添って一緒に泣いてくれたという。

悔し涙では無く、やりきったという涙。

小平選手もそれを分かった上で、「重圧の中でよくやったね」と声をかけたのだ。

 

 

2018年3月2日、

日本政府が羽生結弦選手に国民栄誉賞を授与する方針と報道された。

 

想像を絶する緊張感の中、自分を律し、競技へ臨む現役選手への

国民栄誉賞を僕はあまり好ましく思わない。

授与の基準が時の政府の独断で、あいまいだということもある。

イチロー選手などは現役の間は辞退すると言っているが、様々な立場で

そう言いたくても言えない選手もいるだろう。

 

そもそも選手は現役の道半ばで国民栄誉賞を与えられ、同じモチベーションで

しかもハングリーさを保ってこれからも競技や自分に向かい合っていけるのか。

なんだか良かれと思ってこれまで以上に厳しく重たい十字架を

どや顔で背負わせてしまっているような気がする。

 

とはいえ。

日本人が世界で活躍し、メダルを獲ると純粋に嬉しい。

日の丸が掲げられ、君が代が流れる。日本人として誇りに思うし、

自分も頑張ろうと思える。こういうことが愛国心なのだと思う。

日本政府が偉業をたたえ、国として功労の気持ちを授与したいと考えるのも分からなくはない。

そして国民栄誉賞を受けるほどの選手なら、栄光を背負ってさらに競技人生を

続けていけるだけの能力と精神を兼ね備えていると信じている。

 

ちなみにこの日、報道では「羽生が勝ち、羽生が負けた」という見出しがあった。

将棋で国民栄誉賞を受賞したばかりの羽生善治竜王が藤井聡太五段に朝日杯で敗れたのだ。

なんとややこしい。

奥さんの(旧姓・畠田)理恵さんは大の羽生結弦ファンで

〈大怪我からよくぞここまで 王者が戻って来た。

日本の宝が無事素晴らしい演技を終えた! 美しかったです!〉

〈連覇! 連覇! 連覇! おめでとうございます この瞬間に立ち会えて、ありがとうございます。

悲しい涙と嬉しい涙で忙しい〉

とツイートしたこともさらにややこしいと話題になった。

 

羽生善治竜王に続き、羽生結弦選手も国民栄誉賞を受賞したら、さらにややこしいことになるだろう。

 

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2018-03-04 | Posted in 時事☆放談1 Comment »